個人的な備忘録。 「予定づくり、好きなこと」

いずれは世のため人のためPV数のため…

大事な読み物 のキュレーション

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どういう行為が「働く」ことであり、どういう行為がそうでないのかは、働き始める前にはわからない。働いて何かを創り出した後に、それを「欲望する」他者が登場してきてはじめてそれは労働であったことが遡及的にわかるのである。そういうふうに労働は時間の順逆が狂ったかたちで構造化されている。

穴を掘って、それをまた埋める」という作業の繰り返しそのものは労働ではない。いかなる価値も創り出していないからである。ドストエフスキーは、人間はそのような作業の無意味さに耐えられぬであろうと書いた。だが、もし、その作業の従事者たちが、穴の掘り方や土の運び方について工程を工夫し、システム改善について議論することが許されていた場合、私が試みるささやかな工夫に驚いたり、感心したりする他者の顔を私が想像できたなら、それは限りなく労働に近づいていると言うことができるだろう。

 

今読み直しているハリーポッター

 

大人とは、呼ばれた仕事で、手持ちの環境と資源を生かして、愉快に過ごす人。

 

仕事ができる人とは、

端的に言えば「他者に贈与できる人間」のことを指す。

 

こういう視点で、ハリーが何をみて、何を感じ、何をするのか、感性をもって読み勧めたい。